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2012-06-17

作り話

君は神隠しにあった。四年前の小学四年生のときだ。ぱらぱらと細かな雨が降っていた梅雨の日、ふらりといなくなった。最後に君の姿を見たのが僕だった。雨の中を元気に駆けていった。教科書の入ったランドセルがカタカタ鳴っていた。四日間いなくなっていた。君はその四日間を憶えていなかった。


あたしは神隠しにあった。と彼は言った。四日間いなくなっていた。その四日間をあたしは憶えていないことにした。でも大したことはしていない。知らないおじさんと旅をした。「おじさん」と呼ぶとちょっと悲しそうな顔をする人だった。知らない場所にいって、おいしいものを食べる。正しく旅だった。


いなくなって、帰ってきたあと、君はどこか少し変わったように思えた。何がどう変わったのかわからないけれど、僕はあの日駆けていった君と、戻ってきた君が同じだとは思えなかった。顔立ちも、背の高さも、髪の長さも、声も、全部同じなのに、全然違う女の子のように思えた。何か違っている気がした。


そんなに違っているかな。と彼の言葉を聞きながら思った。おじさんとしたことで、ちょっと変わったこと、楽しかったことといえば、泊まっていた宿で、夜に作り話をしたことだった。おじさんはあたしや彼みたいな子供が出てくる話をたくさん作った。あたしや彼がひどい目に合う話をたくさん作った。


誰も君を変わったようには見なかった。君のお父さんやお母さんも、同じ女の子であるように扱った。こんなのただの思い込みかもしれない。そう思った。でも……。君と僕は飼育委員だった。学校でうさぎを飼っていた。夏休み、交代で世話をすることになっていた。君と僕は同じ日の当番だった。


あの話のせいかも。と彼の言葉を聞きながら思った。浴衣を着ていた。温泉に入ったあとの温もった身体を夜風で冷ましていた。旅館のそばにあった石段に腰かけて、おじさんとただぼんやりした。しばらくそうしてから、あたしは自分の腕をぺちんと叩いた。遅かった。刺された蚊の跡がぷくりとふくれた。


うさぎが逃げた。網の張った小屋に入れているのだけれど、出入り口を閉めるのを忘れていた。僕と君は慌てて追いかけた。君のほうが気づくのが早かった。校庭は広く、うさぎは素早かった。捕まえたのは君だった。伸ばした君の手がほぐれて紐の束のようになるのを見た気がした。


おじさんは染み込むように話した。あたしがひどい目に合う話をした。蚊に刺された跡から細くて柔らかい絨毯の毛のようなものが生えてきて、それが徐々に増えて腕に広がっていく。色は白だと言った。でも先はオレンジっぽい。濡れていて、海のにおいがした。イソギンチャクだとおじさんは言った。


それは一瞬のことだった。逃げたうさぎはいつの間にか君に抱かれていた。うさぎはただきょとんとしていた。やっと捕まえた、と君は微笑んだ。それを見て、さっきには見間違いだったんだと思った。君が小屋に戻ろうとして僕とすれ違ったとき、微かに海のにおいがした。うさぎは少し濡れていた。


イソギンチャクは腕から肩に、胸に、全身に広がった。あたし自身がイソギンチャクになった。白くて先が少しオレンジっぽいイソギンチャク。前にそんなのをテレビで見たことがあった。ゆらゆら気ままに波に揺られて、かわいらしかった。波に揺られたい気分になった。あんまりひどい話じゃなかった。


あれは本当に見間違いだったんだろうか。ずっと気になっていた。小学校を卒業してからも、君を見かけるたびにあの日のことを思い出した。海のにおい。どうして君から海のにおいがしたんだろう。君の腕が紐の束みたいになったのは。君は本当に、僕がずっと昔から知っている君なんだろうか。


おじさんは彼の話も作った。イソギンチャクになったあたしが彼を食べる話だ。イソギンチャクは魚を食べる。毒を持ったイソギンチャクもいて、動けないように痺れさせる。彼はあたしが捕まえた魚だった。もう毒が回って痺れている。あたしはゆっくりじわじわと味わって食べる。


もちろんこれはおじさんがした話だ。ただの作り話。