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2012-05-09

キルト

 死体に、寒そう、なんて言うと妹に笑われるかもしれない。口の端を上げて、鼻を鳴らすように。妹は普段から皮肉屋を気取る性質なので、その表情は想像しやすかった。

 見つけた死体は二本の太ももだった。線路沿いの歩道に並べて捨てられていた。太ももには女性の柔らかな丸みがある。地面に当たっている部分がひしゃげて平べったくなっていて、椅子に座るミニスカートの女の子が浮かんだ。この太ももは体と繋がっていない分、ひしゃげ具合も少ないのだけれど。

 いつも鞄に入れているビニールバッグを取り出し、死体を詰めると帰路を急いだ。バッグを胸の前に持ってきて、ビニール越しに死体を触る。まだ温かかった。僕は地面に横たわる自分の姿を思い浮かべ、寒そうだったのですぐに打ち消した。


 リビングにいた妹に防腐処理を頼むと面倒くさそうな顔をされた。最近生意気になりつつある中二の妹は、死体の防腐処理がとても上手い。小学生の頃からの経験によるものだ。

「あ、そだ、兄貴」

 リビングを出たところで呼び止められた。

「ん?」

 僕は立ち止まって顔だけを向ける。

「ヨリちゃん憶えてる?」

「ああ、うん」

 幼馴染だ。ただ小学校を卒業したと同時に引っ越して、以来四年間会っていない。

「ヨリちゃんのお母さんから電話があって、死体になったんだって」

「……へえ」

「んで、死体分けしたいから連絡してって」

「ん、わかった」


 死体組みは接着剤とホチキスを使うのが簡単だけれど、僕は糸で縫い合わせるやり方を好んだ。糸の柔らかさや、ある程度手間がかかる、その手作業感がよいのかもしれない。縫い目が少し盛り上がるところも好きな要素だ。

 死体分けでは頭をもらった。頭はお墓に入れるか親族が所有するのが一般的だけれど、僕の持っている死体に頭がないことを知ると譲ってくれた。断りはしたけれど、そのほうが頼子も喜ぶだろうと押し切られた。きっと親しかった誰かに死体組みの一つとして使ってほしかったのだろう。そうした考えの人も最近は少なくない。

 ベッドに置いていたヨリちゃんを持ち上げる。面影はあるものの、四年分だけ大人っぽくなっていた。もう少し連絡を取り合っていたらよかった、などと思うのはただの感傷だろうか。

 ヨリちゃんの首の端に糸をつけるところを想像した。ヨリちゃん、どんな声してたっけ。どんな表情浮かべてたっけ。僕は思い出しながら、小さなヨリちゃんを死体たちの上にそっとのせた。

2011-10-29

隻腕

「彼は昔、田舎に住んでいた。小さな駅を降りて、駅から離れたらもう田んぼばかりの風景が広がり、ぽつんぽつんと民家が建っているような田舎。どこを向いても山の景色が見え、大通りは舗装されていたけれど、脇道を少し進むともう砂利道で、大抵は山へと続く上り坂になっていた。……もちろん、私は実際そこを見たわけじゃないから、これは全部彼に聞いた話だけどね。

 小学生のころ、彼の遊び場は学校の校庭か山の中だった。その日、彼は友達と二人で山を散策していたけれど、途中でその友達は用事があると言って帰ってしまった。一人、山の中で遊んでいてもつまらない。けれどこのまま帰るのも勿体ないような、悔しいような気持だった。そうして彼は一度も使ったことのない獣道に足を向けた。

 ちょっとした探検。次の日、友達に自慢するための冒険。何もなかったら引き返すつもりで進んでいく。背の高い草や葉の繁った木が彼の視界を狭くしていた。迷いようのないただの一本道に思えた。進んで進んで、けれど何もなく、疲れてきたころに引き返そうとして振り返る。しかし一本だと思っていた道は、逆から見ると何本にも分かれていた。川の源流が支流へと枝分かれするように。彼が進んできた道は、その支流の一つだった。

 辺りは薄暗くなっていた。彼は不安を抑えながら、歩いてきた道を、歩いてきたと思える道を引き返す。この道でいいのか、この道で合ってるのか。分かれ道で迷い、片方に一歩を踏み出して、思い直してもう片方の道を進む。夜が近づく。けれど彼は獣道をさまよい続ける。疲れ果て、足が棒のようになり、彼は途中の木の根元にへたり込んだ。

 もう一生、ここから出られないんじゃないか。へとへとの頭でそんなことを思う。早く帰ろう。帰りたい。見る間に暗くなる空と焦燥感に押され、彼は少し休んだだけで立ち上がろうとする。地面に手をつくと、てのひらに妙な感触があった。土の感触ではない。ゴムのような感触。冷たい。恐る恐る目を落とすと、土に汚れた肌色が見えた。

 手だった。ほっそりとした女の手に見えた。ほとんどが埋まって、手の甲と何本かの指だけが地面から浮き出ていた。彼は息を止め、その手の甲についた土を払う。そのまま地面を掘り始める。宝石のように綺麗な手だった。それは彼にとって、冒険の末に見つけた宝物のように思えた。

 そのあとどうしたか、彼は憶えていないと言っていた。ただ、彼が今も生きていることを考えると、どうにかして家には帰れたのだろうね。

 彼が見つけたと言う女の手、あれは一体何だったんだろう。あれは本当に人の手だったんだろうか。彼は本当に掘り起こしたんだろうか。もしかしたら全部、子供のころに見た、夢か幻だったんじゃないだろうか。

 今でも彼は、あの手のことを思い出し、考え込むことがある。自分の手に残ったゴムのようなあの感触も、幻だったんだろうか、と。

 そしてそれが、その記憶が、彼が私に興味を持った一番の理由だろうね」

 そう言うと彼女は慣れた仕草で、左手の形をしたシリコンに自分の右手の指を絡めた。

「彼の想像の中にある私の手は、宝石のように綺麗なんだろうね」

2011-07-02

夏なので

 融けていた。夏なので。ただ奥の畳部屋ではなく、廊下の板の間だったところに僅かながら彼女の気遣いが見える。気がした。

 肌色のスライム状になった彼女の身体に、頭と左手だけがまだ融けずにぷかりと浮かんでいた。スライムの横には脱ぎ散らかした感満載の彼女の服が落ちている。僕は若干のわざとらしさも込めて、ふーっと肩を落としながらため息をついた。

「えへへ」

 彼女が照れ笑いのような声を上げた。

「いや、えへへ、じゃなくて」

「暑くてさ、うん」

 しょうがないじゃん、と、いつもより低い位置にある彼女の目が言う。スライムに浮いたその頭を踏みつけたくもなる。喜ぶだけなのでしませんが。

 とりあえずまだ融けてない彼女の頭と左手を拾い上げ、冷蔵庫の冷凍室にしまった。全部融けてしまうとちょっと面倒くさいことになる。面倒くさいのは面倒なので避けたいものである。冷凍室の底で彼女が何か言いかけた気がしたが、気のせいなのでそのまま閉めた。

 それから冷蔵庫の横に二つ重ねて置いてある25ℓサイズのクーラーボックスを引っ張り出し、もう一度冷凍室を開ける。

「ほら、氷出さないとだめじゃ……」

 製氷機の中の氷を全部取り出し、また冷凍室を閉める。彼女の抗議っぽい声が聞こえてこなくもなかったが、何かに遮られているような遠い声だったので気にしなかった。

 クーラーボックス内に氷を敷いて、その上にビニール袋の口を開けてテープで留める。そこに溶けた彼女の身体をおたまで掬って入れていく。夏場、そのまま常温で放っておくとスライム状から液体状に変わってしまうのだ。難儀な人である。人であるかどうかは怪しい。

 掬って入れる。掬っては入れる。「賽の河原」という単語が浮かんだが気にしないことにした。クーラーボックスの中に溜まっていく彼女の身体は、外身と中身が混ざってピンク色になっていた。まるで人工着色料を混ぜ込んだようで、ストロベリーアイスの色にも似ていた。

 

 ご飯はスパゲティにした。決してパスタとかいうオサレなものではない。米よりも安上がりな食材である。鶏がらスープの素というのはとても素敵な調味料である。

「キミのこういうところ、けっこう好きだよ」

 彼女がフォークに巻きつけた麵を口に運びながら言う。若干動きがぎこちないのは、左手だからなのと冷凍室から出してすぐだからだろう。体はまだ固まっておらず、形成もできないので今ここにいる彼女は首から上と左手だけだった。

「何が?」

 僕は麵を巻きつける手を止めて、彼女のほうに目を向けた。

「わたしが食べやすいように、パスタにしたんでしょ?」

 抗議したい部分が二か所あったが、面倒なので黙っていた。僕はフォークに半端な巻きつき方をした麵を口に運ぶ。

「鶏がらスープうめえ」

 テーブルの上の彼女が身も蓋もない台詞を吐いて、にっかりと笑った。笑みの動きもまだ若干ぎこちない。

 僕は今冷凍室で固めている彼女の体のことを思う。固まったらまた元通りに形成しなくてはならない。面倒くさい気持ちが大半だったが、そうした細かい作業は案外好きなので、楽しみな気持ちも僅かながらあった。

 彼女は苦労してフォークに綺麗に巻きつけた麵を口に運んで嬉しそうにする。

 今の、頭と左手だけとか、そういう彼女を眺めるのも僕の猟奇趣味的なところでそこそこ好きだったが、それを言うと彼女の反応が面倒くさそうなので言わない。

2011-02-27

彼女の破片

 かしょん。かしょん。かしょん。

 彼女の左手が金槌を振り下ろすたびに、陶器が砕けるような軽やかな音がする。左手、利き手じゃないほうで持たれた金槌は当然握りが甘くなり、振り上げられるたび、振り下ろされるたび、彼女から逃れて、くるくると回りながらどこかへ旅立っていく想像をする。

 彼女の利き手は今、途切れて、キッチンペーパーを敷いたテーブルの上に置かれていて、かしょん、かしょん、と砕かれている。

 彼女の肌は陶器のように白くすべらかで、冷たく硬い。例えば彼女の肘に耳を当て、そのまま曲げてもらうと、関節部分が擦りあって、キュウッと、好き嫌いの分かれそうな音が聴ける。季節によっては少しばかりぎこちない動きになる。

 原型がなくなるまで砕き終わると、ただの破片になったそれを、用意していた深皿に移していく。グーで握ったオタマで不器用に。ほほえましいような気持ちで見ていると、むくれるように睨みつけられたので、僕もその作業を手伝うことになった。気をつけて、と彼女は言う。前に彼女の足の破片で指を切ったことを思い出した。白い破片が赤で濡れて、それはそれで印象深かったのだけれど。

 破片を全部深皿にのせ終わると、あとは牛乳とスプーンの出番だ。コーンフレークを想像してもらえればいい。牛乳をかけて、スプーンで掬って食べる。僕は食べない。彼女以外が食べると口や喉が傷だらけになるだろう。

 しょりしょりと彼女は破片を咀嚼する。少し前までは自分の腕だった破片を。右手は途切れているから、使い慣れていない左手で。スプーンにのった牛乳と彼女の一部。

 ときどき彼女はこんなふうにして自分を食べる。陶器みたいに硬い彼女は、ぶつけると少し欠けたり、小さなヒビが入ったりする。どこにも何にもぶつからずに生活するというのは実はけっこう難しいことで、頃合いを見て、砕いて食べて再生する。牛乳をかける必要はないのだけれど、何となく気分でそうしているそうだ。

 特にやることもないので、僕は彼女の食事風景をただ眺めていた。しょりしょりという音は、なかなかおいしそうなものに聞こえた。その気持ちが顔に出ていたのか、彼女は僕のほうにスプーンを差し出した。

「ん」

 「食べないの?」と言いたげに小首を傾げながら軽く上目遣い。スプーンの牛乳に沈む彼女の破片。僕は促されるままに口を開きかけて、けれどためらいつつ首を振った。

「ふうん」

 スプーンにのった破片が彼女の唇に差し込まれ、スプーンだけが出てくる。彼女はしょりしょりと咀嚼音を響かせる。おいしそうな音には違いない。

「どんな味?」

「……んー、食べてみればわかるよ」

 彼女の口の端が微かに、いたずらっぽく上がる。

「……死ぬまでに一度食べてみたいね」

「そう?」

「うん」

「ふうん」

 しょりしょり、しょりしょり。

2010-09-15

バニラ

 彼女は仰向けに、斜めに横たわって、ベッドから左肩と頭をはみ出させていた。三十分ほど前にクーラーのタイマーが切れて、何となく面倒でそのままにしているので、キャミを着た彼女の肩や胸元が汗ばんでいるのが見て取れた。その幼く細い肩は日に焼けて、夏の子供がそうであるように、小麦色だった。

「あつい」

 彼女の本日二度目の「あつい」発言に、私は立ち上がって台所に向かい、冷凍庫からアイスを取って戻ってくる。バニラの爽。ベッドの横を背もたれにして座り、爽の蓋を開けて木のスプーンで掬ったところで、彼女の「ん」と鼻を鳴らす音が聞こえた。目を向けると予想通り、彼女は口を開けて舌を出していた。犬のように。私は手を伸ばし、その赤い舌に爽をのせた。

「ふめたい」

 くわえられた木のスプーンを滑らせて、唇の隙間から抜き取る。アイスを舐める音。それから小さく喉を鳴らした。

「つめたい」

「そう」

「甘い」

「うん、まあ」

「ありがと」

「いえいえ」

「もっと」

 彼女がまた口を開ける。私はベッドに腰かけて、彼女の途切れた左腕に手を添えて、ベッドの中央のほうにずずっと押した。落ちそうなままだと気が気でない。

 私が掬ったアイスを彼女の舌にのせ、彼女は口の中でぴちゃぴちゃと舌を鳴らしてから飲み込む。私は座って、彼女は寝転んで。二回繰り返したところで食べにくそうだなと思い、アイスをベッド棚に置いて、彼女の背中に腕を回して抱え上げた。

 彼女を太ももの上にのせて向かい合う。彼女は太ももの途中までしかない足に力をこめて、私の太ももを挟むようにして自分の体を支える。もちろん私も彼女の背中に手を置いて支える。四肢がないとバランスを取りにくくはあるけれど、何度もやっていることなので私も彼女も慣れたものだった。

 彼女の背中から手を離し、ベッド棚に置いた爽を取って、木のスプーンで掬う。彼女の舌に掬ったアイスをのせて、同じスプーンを使って私もその冷たさと甘さを味わった。何度目かのときに彼女はバランスを崩して、途切れた右腕で私の肩を突いて体を支えた。これも慣れたもの、覚えのある感触だった。そのままの態勢で爽の最後の一救いを彼女の口の中に収める。

「おわり」

「うん……」

 口の中のアイスを溶かして飲み込んでから、「おいしかった」と彼女は言った。

 彼女をベッドに横たえて、その弾みで頬にかかった髪を整える。整えながら頭を撫でる。眠たくなりそうにゆるゆる撫でていると、彼女が何かを言おうと口を開いて、でも口にする直前で忘れてしまったらしく、そっぽを向いて小首を傾げた。私はそれを見て息を吐くように笑い、顔を寄せて囁くように言う。

「今度その顔にアイス塗ろうかな」

「んー?」

「で、その塗ったアイスを舐める。頬とか鼻とか、つけたアイスを舐めてく」

 私はそう言いながら彼女の頬に人差し指を置いて、くすぐるように滑らせた。

「わぁ……」

 彼女はわざとらしい歓声を上げてから、唇の端を歪めて楽しそうな含み笑いを漏らす。

「そういう、劣情?」

「……いや、劣情とか、そういうんじゃなくてね」

 彼女の口から「劣情」という聞きなれない言葉が出てきたので、少しだけ動揺する。

「劣情」

 彼女は私の動揺を的確に読み取って言葉を繰り返す。

「どこで覚えたの? そんな言葉」

「んー、どこ……? テレビ?」

「うーん、こういうのどうなんだろうね。別にいいのかな」

「劣情した?」

「あはは。たぶんそんなふうには使わないと思うけどね」

「そうなの?」

「そうなの」

 頷きながら彼女の額を撫でて、右の眉毛の上辺りにキスをする。彼女は右目を瞑って、左目だけで私をじっと見つめる。その顔が少しむくれたように見えたのは、誤魔化された感じになったのが悔しかったのかもしれない。

「汗、拭く?」

「……うん」

 私は立ち上がってまた台所に向かい、今度はタオルを濡らして戻ってくる。首筋をなぞる濡れたタオルの感触に、彼女は気持ちよさそうに目を細める。猫のように。

「クーラーつけようよ」

「ああ、まあ、そうだね」

 あんまりクーラーに当たりすぎるとよくはないだろうけど、実際彼女の汗を拭く作業をしているだけで汗が染み出てくる。私は床に転がっていたリモコンを拾い上げて電源ボタンを押す。ピッという電子音のあと、クーラーの送風口が開いて、シューッと音を立てて風を送り始めた。

 彼女が目だけを動かしてクーラーを見ながら言う。

「クーラーに劣情する」

「いや、それ違うから」

「んー、そうなの?」

「そうなの」

「むずかしい」

「うん、むずかしいねえ」